2013/11/20

こんな時に・・・


ご存じの通り私め、ただ今人生初の ダイエットに挑戦中・・・

意地で頑張ってきた甲斐あって これまで順調にきておりますです・・はい! 

それが、それが・・・
こんなタイミングで 美味しい頂き物、多数・・・



先日の法事のお土産  うなぎパイ 大分減ってますが 私の胃袋へ・・ではありません

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法事先から

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息子の勤め先から

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この ら・ふらんす は まだちょっと食べるには早いかな?


でもでも こんなに沢山あるのに全く食べないってのも 返って身体に毒??
な~んて言い訳しながら 一日 一個づつくらい 頂いてますよ~!

いつもなら ガッツガッツ・・のところを ちびりちびり・・
大丈夫だよね?このくらい・・と 自分に言い聞かせながら・・


いつもなら ウヒウヒ顔で お迎えするのに なんとも複雑な心境です。





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2012/12/02

私って大丈夫?・・・

先日、浜松に行った時の出来事。

目的地までもう少しのサービスエリアで手土産を買い、
トイレに寄ってから車に戻ったら・・・

え、何か  キョロキョロ 

あぁーっ    忘れたぁ~~

そう、トイレに買った物を置いてきちゃったんです。。
慌てた、慌てた・・でもやっぱりなかった。。。

近くにいたお掃除のおばちゃんに聞いてみた、
なんと、同じ時間帯にいた団体さんの観光バスに届けたとの事。
違う、団体さんじゃない  なんて自分の不注意を棚に上げて、
心の中で叫びながらそのバスの所へ・・
でももう出発していて・・諦めかけた所に・・
少し先輩らしき別の女性が  「勘違いして別の人に届けたのはこちらのミス、弁償しますから。。」

。。と売店まで行って代替え品を出してもらえるように店員さんにかけ合ってその差額まで頂いた。

その方は、こんな事でせっかくの旅行を台無しにしたら申し訳ないと平謝り。。

元はと言えば私の不注意が原因なのに、
その方は 忘れたのでなく置いてあったのをこちらが勝手に別な人に届けてしまったからと。。。

もう、恐縮も恐縮・・穴があったら入りたいとはこういう事 ・・


旅の途中なんてその場限りの人ばかり、気分を害する事はあってもこんな事は
気分は晴れ晴れ・・というより申し訳ない気持ちでいっぱい。
 
あぁ~、それにしてもなんて おっちょこちょいな  
親切にしてもらった分、凹みっぱなしでした。




2012/08/19

・・・を感じる今日この頃・・・

個別の3連休、終わりました・・・。 毎週なんですけどね・・
毎週の3連休なんて羨ましいと思うでしょ 
いやー、そうでもなく・・

ガッつリと稼いでいる人が土、日の連休で充電してるのと同じで・・
疲労度、充電にかかる日数・・で身体が3連休を欲してるみたいです。

残念ながら年齢を再認識せざるをえない連休  ・・というわけ・・


まだまだ暑い日が続いてるけど 職場はもう明日から9月度に突入・・。
この前の、”立秋”でも  だったけど ”9がつ~ぅ” って。。。



でも、最近、暗くなるのが早くなった 
前は7時を過ぎても明るかったのにねぇ、30分近く早くなったかな・・・

夏は決して好きじゃないけど。。。。
だんだん秋の気配を感じるようになると妙に淋しさを感じるのは何故なんだろう 

これも年のせい   ・・・じゃないよね 


毎週の事ながら 休み明けの出勤って   




2012/06/16

母の想い出&月命日・・・

「貴女の尊敬する人は誰ですか  」

「はい、母です・・」

学校を卒業してとりあえず ”ここを受けとこう”なんて何とも安易に受けた就職試験 
その面接で聞かれた質問・・

今まで尊敬する人が誰なんて考えた事もなかったけど 思わず即答した。

「その理由は  」の質問の答えは覚えていないけど・・




その頃、私の親は母だけ  って思うほど父の存在は薄かった。

明治生まれの親は誰しもそうだと思うけど、特に手間仕事の職人だった父は全てを母に任せていた。
と言うより母が自主的に父に仕事に専念させようと雑用全般を仕切っていたと言うべきかな 

その間にこつこつと貯めた資金で農地を増やし、専業農家でもないのにそこそこに畑があった。
しかもそこでほとんどの野菜はもちろん、サツマイモ、小麦etc.・・
大仕事の麦刈りの時期だけ父に手伝ってもらうのみで姉が手伝うようになるまで一人で切り盛りしていた。



私に対しても怒る時も、褒める時も常に母でした。

朝が苦手な私が遅刻しそうになって 「もう学校行くの嫌だ  今日は休む 
と途中から戻ってきた時、凄いけんまくでランドセルや靴と一緒に外に投げ出された。
ひざ丈にも積もった雪の中に・・・そのまま、泣きべそをかきながら学校に行ったのを覚えています。
小学3年生位だったかなぁー・・・
それからは二度と休むとは言えなかった。


母自身、学校が嫌いではなくまあまあの成績をとっていたらしい。
なので私の学業には応援してくれていました。

でも私が高校受験で志望高に落ち、滑り止めに入るはめになった時は私以上にショックだったらしく入学式に行っただけで一切、三者面談も代理に長兄に行かせるなどささやかな抵抗をしていたみたい。
その時はただ、畑仕事が忙しいからと言っていたのを信じていたけど 大分後から理由は別の所にあったと気が付いた・・・

私も申し訳なさはあったので受験勉強はしなかったのに入学してからは結構力を入れて頑張りました。
(少なくてもテストの時は・・・)
その甲斐あってか常に高校三年間は上位に位置し、楽しい高校生活を送れて結果的に良かったかな・・と
                            (負け惜しみじゃなくて・・・)

そんな努力を母も認めてくれ、喜んでくれた。

そんな経緯があって就職してからの初任給でのプレゼント、誕生日プレゼント、すべて母のみ・・
さぞ父は淋しい気持ちで見ていたことでしょう・・・


私が結婚してからまもなく体調を崩し、実家の義姉から風邪をこじらせて入院したとの連絡・・
翌日、お見舞いに行くと もう私達、娘達の判別も出来なくなっていて・・・

当時はだったけど今思うと脳梗塞からアルツハイマーに移行とか・・
あんな勝気な母だったのに・・「こんな姿、絶対見せたくなかったよね 」
ベットにくくりつけられた姿は母にとって最高の不本意な状況だったと思います。


半年後、毎日交代で看護に行ってたのに誰にもお別れせず、雨が降る早朝一人で旅立ちました。
私のお腹には二番目の子がいたのにとうとう見せてあげられなかった。

それからは父の大切さがわかり、早く逝ってしまった母の分も含めて少しばかりの孝行らしき事はやっていたのですがその父も母から14年後にやはり湯治場の温泉で一人で逝ってしまいました。

実家から車で5,6分の所にいるので、もしもの時も大丈夫と思っていたのですが・・・。




そんな母に私が一番似てると夫に良く言われる。
頑固で団体行動が苦手で良くも悪くも似ている部分が多いと自分でも思う・・・。


14日が月命日だったので色々と懐かしんでしまいました・・・。

やはり、偉大な母でした・・・










2012/02/07

これって・・・やりずらい・・

お仕事がらみのひとり言・・・

私の仕事は最終的にお客様から口座引き落としの為の書類を記入してもらう事。
(ま、そこまで話を進めるのが一番大変なんだけど・・)

その時、多くの人が銀行印がどの印鑑だかわからなくなって、たぶん・これ・・・で押印。
(最近は通帳にも印は押されてないし、引きだす時もキャッシュカードを使うからね。)

その結果、金融機関から戻される、そして再度提出・・・が多かった。



そこで、現われたのが端末機、昨日がその初日だった。

見た目はガスの検針の人が持つような結構ずっしりと重いむか~しの携帯電話のよう。

事前に操作方法を練習して本番へ・・・

所定の項目を順に入力して最後に相手側にキャッシュカードをスキャン、暗証番号を入力してもらう。

すると、ジャーナル(レシートのようなもの)が ジジジ・・・・と出てくる。

これで今までの印鑑の問題がクリアでき、手続きも数日で完了する。

場所によっては電波状況が悪く、圏外になることもあるみたいだけど。

キャッシュカードと暗証番号、特にお年寄りには不安がいっぱいになるだろうなぁ・・

私だったらどっちかというと書類で書いた方がまだ安心かな

会社的には良くっても相手側にとってはどうなのかなぁーって・・・
(すご~くやりずらくなる予感が・・・)

何よりも、カバンは重くなるし、又、”大事な物” ”絶対、失くしたらいけない物”を持たされることにピリピリ感が・・・


でもおかげで私の脳もフル回転

そういう意味でもしばらくは辞められないかな
(辞めたらフル回転の機会もなさそうだから・・・)